ゲーミフィケーション視点で考察-なぜ人々はWBCに夢中になったのか
■ はじめに
14年ぶりに侍JAPANが世界一の座を奪還し、日本列島のみならず世界中が熱く盛り上がったワールドベースボールクラシック(以下WBC)が終わり、WBCロスになってしまっている方もいるのではないでしょうか?
熱狂の余韻に浸りつつ少し気持ちも冷静になってきたところで、この記事ではゲーミフィケーションデザイナーである伊藤が「なぜ人々がこんなにもWBCに夢中になったのか」を、人を動かす仕掛けであるゲーミフィケーションの視点から考察したいと思います。
■ ゲーミフィケーションとは
考察を始める前に、まずは前段としてゲーミフィケーションとは何か、についてご紹介します。
ゲーミフィケーションという言葉を聞いたことがある方も少なくないとは思いますが、ゲーミフィケーションという言葉が使われ始めたのは2011年までさかのぼります。ガートナー社の注目すべきテクノロジーとしてゲーミフィケーションが選択され「ゲームメカニクスおよび体験デザインを駆使し、人々が自身の目標を達成できるよう、デジタル技術を利用してやる気にさせ、動機付けること」と定義されたことに端を発します。
その後、様々な企業がゲーミフィケーションを活用しようとし、バッジ、アチーブメント、ランキング等、手法論が先行した形でサービス実装が成され、そしていくつかの成功事例とともに多くの失敗事例を生み出しました。
ゲームメカニクスが持つ本質的な人間理解の要素が考慮されず、方法論のみが先行した結果、数多くの失敗が生まれ、ゲーミフィケーションは使えないというレッテルが貼られてしまいました。
そして時代は2023年。情報爆発が進み、デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速により、世界はより便利で効率的な社会となっています。生活者の方も、かつてのように「お得だから」「便利だから」のような機能的価値だけではなく「好きだから」「面白いから」のような情緒的価値が購買行動の意思決定に影響を及ぼす割合が高まっています。
ゲームメカニクスが持つ「夢中になってしまう」「やりたくなってしまう」という本質的な人間理解に基づくゲーミフィケーションの手法が改めて注目されています。
■ 人間理解のフレームワーク
ただ、いきなりゲーミフィケーションと言われてもなかなかとっつきにくいかと思います。今回は我々が作った「ゲーミフィケーション曼荼羅」のフレームワークを使って考察を進めていきます。
本フレームワークの詳細は本記事では割愛いたしますが、人間の行動原理となる8つの属性とそれぞれに対応する8×9個の72要素で構成されています。
人々が熱狂し夢中になるサービスは全て8つの属性のどれかもしくは複数の属性を刺激しており、それぞれに対応している要素を充足しているという考え方に基づき考案されています。
本フレームワークを使って今回のWBCを考察していきます。
■ WBC 2023 の振り返り
本当に簡単な振り返りにはなりますが、今回のWBCで、特にメディアに多く取り上げられたシーンを時系列で並べてみます。
・侍JAPANが招集されダルビッシュ有選手もキャンプ初日から参加
・国内で3試合の強化試合が実施され、他MLB組も参加
- 鈴木誠也選手が故障のため参加を辞退
・国内で2試合の強化試合が実施
- ラーズ・ヌートバー選手のペッパーミルパフォーマンスが話題に
・日本vs中国:日本勝利(8-1)
- 大谷翔平選手の二刀流登板
- ラーズ・ヌートバー選手のダイビングキャッチ
- 牧秀悟選手の今大会初の本塁打
・日本vs韓国:日本勝利(13-4)
- 先制されるも逆転勝利
・日本vsチェコ共和国:日本勝利(10-2)
- 先制されるも逆転勝利
- 佐々木朗希選手が相手選手に死球を与えてしまう
- 試合後、佐々木朗希選手が直接チェコの宿舎のホテルへ謝罪に出向き、お菓子を渡した
・日本vsオーストラリア:日本勝利(7-1)
- 大谷翔平選手が自身の看板に直撃する特大ホームラン
・日本vsイタリア:日本勝利(9-3)
- ここまで不調に苦しんでいた村上宗隆選手が待望のタイムリー
・日本vsメキシコ:日本勝利(6-5)
- 村上宗隆選手がサヨナラタイムリーツーベースで逆転勝利
・日本vsアメリカ:日本勝利(優勝)(3-2)
- 村上宗隆選手が同点ソロホームラン
- 投手陣の継投、そしてダルビッシュ有選手、大谷翔平選手に繋ぎ、最終打席で同僚のマイク・トラウト選手を三振に抑えた
改めて時系列で思い出してみると、つい目頭が熱くなってしまうほど、素晴らしい大会でした。ありがとう侍JAPAN。
■ なぜ人々はWBCに夢中になったのか
前段が長くなってしまいましたが、ここから「なぜ人々はWBCに夢中になったのか」についてゲーミフィケーション曼荼羅を使いながら考察していきます。
結論から書くと、今回のWBCは「固有性」という人間の行動原理を強く刺激した結果、これほどまでに熱狂が生まれたものだと考えられます。
厳密には「進展性」も熱狂を生み出す要素ではあったと考えられますが、今回のWBCに限らず国際大会では共通の要素ではあるため本記事では割愛致します。
■ 「固有性」とは
やらなければいけないと感じる人間の特性であり、自分事化されることによって引き起こされる動機付けです。
今回のWBCはこの「固有性」が「物語」によって強く喚起され熱狂を生み出したものと考えられます。
人間は箇条書きで書かれた情報ではなく、人間の言葉として語られる情報に対して心が動かされます。「ヒーローズ・ジャーニー」という、神話研究者のジョセフ・キャンベル氏によって提唱された、人々の記憶に強く残り語り継がれる神話に共通する構成の共通項も定義されており、物語は人の心を強く動かします。
ヒーローズ・ジャーニーは以下で構成されます
※ここでは特にお伝えしたい重要な部分を抜粋しています
Calling(天命を知る)
Commitment(決断して旅を始める)
Threshold(境界を超える)
Guardians(メンター・仲間との出会い)
Demon(最大の試練とぶつかる)
Transformation(変容・成長する)
Complete the task(試練の達成)
Return home(帰還)
ヒーローズ・ジャーニーに沿うと例えば「なかなか結果が出なかった主人公が苦労の末に結果を出す」「仲間との軋轢がありながらも最終的に目的を果たした」等の物語が人の心を動かすと考えられます。
では早速今回のWBCの物語の一部を切り取ってヒーローズ・ジャーニーに当てはめてみます。
Calling(天命を知る)
14年振りの世界一奪還が日本中から期待されるCommitment(決断して旅を始める)
史上最強との呼び声高い選手が招集されるThreshold(境界を超える)
侍JAPAN発足 / 強化試合開始Guardians(メンター・仲間との出会い)
MLB組がチーム合流 / 初の日系代表ラーズ・ヌートバー選手も合流Demon(最大の試練とぶつかる)
大会前から期待をされていた村上宗隆選手が不調Transformation(変容・成長する)
準決勝で村上宗隆選手がサヨナラホームラン
決勝で村上宗隆選手が同点ホームランComplete the task(試練の達成)
9回大谷がクローザーとしてマウンドに上がり、強打者3人を迎え、最終打者で同僚の最強打者トラウトを三振に打ち取り14年ぶりの世界一奪還を達成Return home(帰還)
NPB組の帰国 / MLB組との別れ
この物語は、大きな期待のプレッシャーの中で活躍したラーズ・ヌートバー選手や、最後にマイク・トラウト選手との打席を迎えた大谷翔平選手、日本中に感動を巻き起こしたチェコ共和国の選手など切り取っても成立します。今回の大会では、特定の選手や出場国だけではなく、多くの選手や出場国の物語にヒーローズ・ジャーニーが存在しており、そしてそれが多角的に、特定のシーンのみを切り出した断片的な情報ではなく物語として報道されたことが、今回の熱狂を生んだと考えられます。
■ さいごに
本記事では、あれほど日本中が熱狂したサムライJAPANの活躍の一部を切り取り、ゲーミフィケーションの観点で考察をしました。このような考察の仕方もあるんだという程度に留めて頂ければ幸いです。
本当にたくさんの物語があり、心が躍る2週間でした。ありがとう侍JAPAN。また3年後も、たくさんの感動を届けてくれると信じています。
執筆:伊藤 真人|株式会社セガ エックスディー
株式会社セガにゲームプランナーとして入社。モバイルを中心に複数タイトルのゲームディレクターを担当。非ゲーム新規事業領域に転籍後、スマホゲーム向けマーティングプラットフォーム Noah Pass の立ち上げにディレクターとして参画。その後、事業戦略立案、事業提携、開発管理など幅広く事業に携わる。現在はゲーミフィケーション事業を展開するセガ エックスディーの取締役執行役員 COO として主に CX デザインを担当( HCD-Net 認定 人間中心設計専門家)。
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