パチンコから学ぶゲーミフィケーション -ハマりの秘訣はドキドキと癒しの共存-
パチンコとゲーミフィケーション
はじめまして、エクスペリエンスデザイン部の升井です。
みなさんはパチンコが好きですか?
この記事は、なぜ人がパチンコにハマるのかといった仕組みをゲーミフィケーションにも応用できないか?ということを考察していくものです。
セガ エックスディーのゲーミフィケーションの定義は、「ゲームのメカニズムを非ゲームの分野に応用することでユーザーのモチベーションを高め、その行動に影響を及ぼすこと」です。そして、「モチベーションを高める→ハマらせる」という図式に当てはめると、1,000万人近い大人がハマっている巨大産業のパチンコ業界からも学ぶことが多いのではないかと思います。
結論として、ゲーミフィケーションで人をハマらせるためにはドキドキと癒しを共存させること。
これが今回伝えたいことですが、この考えに至った理由を1冊の本と私の経験から述べていきたいと思います。
自己紹介
まず、私は何者か?
答えは、元パチンコメーカーの開発者です。
職種としては商品企画の企画職で、ディレクターをやっていました。
パチンコの企画職は新機種の企画書を書いたり、予告演出やリーチの内容を考えたり、信頼度を調整したりするのが主な内容でした。
その後、大学院ではゲーミフィケーションの研究をしていたため、パチンコ業界とアカデミックキャリアを併せ持つレアな経歴を持っています。
元々、パチンコのノウハウをゲーミフィケーション(当時はシリアスゲーム)に使えるのではないか?と大学生の頃から考えていたので、
パチンコとゲーミフィケーションに関する経験は長い方だと思います。
1冊の本
ここで、1冊の本を紹介します。
本の帯には、パチンコに依存するように勉強にハマる!と書かれていて、強烈に興味を引かれます。
この本の著者である篠原先生は東京大学教育学研究科博士課程等を経て、公立諏訪東京理科大学で教授として脳科学の研究をされており、脳トレ関連のテレビ出演もある有名な方です。
アミューズメント産業への造詣も深く、パチンコメーカーとの産学共同研究の実績も多くあります。実は私が若い頃、篠原先生に直接お会いしたこともありました。
なぜ、パチンコにハマるのか?その仕組みを勉強に使えないか?これが本書のメインテーマです。今回あらためてこの本を読み、ゲーミフィケーションデザインへの示唆を得たいと思います。
大学院時代に見た光景
私がこの3月まで通っていた大学院の総合図書館には、自習机に朝から晩まで大量の本を積み上げて熱心に勉強していた学生がたくさんいました。静かながら鉄火場のような雰囲気もあり、圧倒されるような印象さえあります。この光景を見て、ふと思ったことは、
「この人たちは、パチンコホールで朝から晩まで入り浸りドル箱を積み上げている人たちと同じように、勉強に没頭しているんじゃないか?」ということです。まさに、本に書いてあるように、パチンコにハマるように勉強にハマっている人たちだと……。
本質的に勉強熱心な人もパチンコにハマっている人も、何かに没頭しているという点では同じです。
具体的には、勉強に没頭していたら褒められるけど、パチンコはレジャーなので没頭していても褒められない。その違いは没頭した先に評価される環境があるか否かです。
ゲームばかりしている高校生でも、まだ少数ですがe-sportsが大学の推薦入試の選考対象になる学校も出始めています。例えば、野球部で甲子園を目指している高校生と同じように評価される時代が近いかもしれません。余談ではありますが、パチンコメーカーの開発者はパチンコをたくさん打っていると褒められます(笑)。
ハマりのメカニズム
実際にハマるとはどういう仕組みで起きるのかを脳科学的に解説し、活用方法をレクチャーしているのが本書です。ここでは、パチンコのハマりと勉強のハマりの2つに分けて整理してみます。
パチンコにハマる仕組み
筆者によると、脳科学的なハマりのメカニズムには2つの快感が必要だそうです。
本では、パチンコの「海物語」を例にこの仕組みが解説されています。
①リーチ:このとき心拍数が上がるノルアドレナリンや期待感を感じるドーパミンが出ます。
②魚群:このときノルアドレナリンやドーパミンが一気に出て(いわゆる脳汁)、さらに待っていた演出が出たことに対し、鎮痛効果のあるエンドルフィンが出ます。海物語はこの魚群が激熱予告で、この予告が出ると大当りの期待度は50%に跳ね上がります。
③大当り:報酬に反応するドーパミンが頂点に達し、図柄が揃って当たったという安心感からエンドルフィンも出ます。大当り中の楽曲は、興奮させるような激しいものではなく、癒されるリズムです。
このように、ドキドキと癒しの共存こそがハマりのメカニズムに不可欠であると著者は述べています。
思い返すと、パチンコ業界で息の長い「海物語」やパチスロの「ジャグラー」シリーズも癒し系です。魚群やペカりを待つということが無意識にルーティン化されていて、その演出が出た瞬間に脳汁がドバドバ出る。この仕組みがロングヒットの秘密なのだと思います。
勉強への応用について
ハマるにはドキドキと癒しの共存が重要だとわかった上で、次は勉強への応用について考えていきます。
勉強にハマらせるには
勉強にハマらせるテクニックとして、本には35のテクニックが書かれています。全部を紹介することはできないので、気になったものをピックアップします。他のテクニックに興味のある方は、本書の購入を検討してみてください。
ここでは、場所、報酬、ルーティンの3つを挙げてみました。
まず、場所によるハマりについてです。本では、黒、白の部屋にネズミを分けて、それぞれドーパミンに直接作用する薬を投与すると、その後、薬を投与していなくても、同じ色の部屋に入れるとドーパミンが出るという実験が紹介されています。ちょっと怖いですね。
快感と場との結びつきは勉強においても重要で、そこに行って勉強すると落ち着く、集中できる、癒されるというのが大切になります。前述した図書館で猛勉強する学生たちも、もしかすると場所にハマっていて、家ではグータラしていたのかもしれません。
次に、勉強における報酬についてです。勉強においては「達成感」が報酬としてのカギとなります。達成感を得るためには、曖昧な「頑張る」ではダメで、測定可能なノルマ、例えば、「〇ページ分勉強する」というものが良いそうです。さらに、目標を設定するときには「ライバルに勝つ」ではなく、自己ベストを更新することに拘ると尚良いそうです。
確かに、誰かと比べて、絶対勝てないじゃんと思うと、モチベーションが下がることが良くあります。逆に自己ベストを更新するのは、ほんの少しの成長であってもドキドキして、何度も挑戦したくなります。
最後に、ルーティンです。勉強をはじめるときに、何かしらの儀式的なものをすると、スッと集中できるそうです。入りの儀式は癒しの儀式であり、まずは心が落ち着く所作を決めるのが大事です。例えば、勉強するときに机を拭くなど、簡単なものでも良いそうです。
勉強にハマらせるテクニックもパチンコと同じように、基本的にはドキドキと癒しです。その上で、どうやったら自分にとってドキドキできるか、癒されるかを把握し、うまく共存していけるかが肝になってきます。
勉強のゲーミフィケーションにハマりのメカニズムを落とし込む
勉強のゲーミフィケーションのデザインをするときにも、ただ単に楽しげな演出を取り入れるのではなく、ドキドキと癒しを共存させるようにうまく設計することが、ハマるための重要なポイントです。
次に、具体的にどうやってドキドキと癒しを共存させるのかを考えていきます。
課題の難易度のレベルデザイン
ドキドキを演出するには、例えば小テストに時間制限を設けてギリギリ解けるかどうかのバランスを生むことで、適度な興奮が提供できると思います。今の時代であれば、AIを活用して、全問回答できるかのハラハラ感や最後まで解けたという安心感を意図的に設計することもできます。
日常的にはこのような手軽にできるハラハラ感の創出と、小テストを何回実施するか、という測定可能なノルマに対する達成感をデザインすることが大事だと思います。
ゲーミフィケーション要素で言うと、カウントダウンとプログレスバーなどがしっかりと実装されている、ということです。
場所に変わる世界観のデザイン
さらに一歩踏み込んで、リアルな場所を使わずに「場所による癒し」をゲーミフィケーション風に提供することはできないでしょうか?場所を問わずに、オンラインで癒される方法があれば、移動時間がない分、より長い勉強時間を確保できるメリットがあるはずです。
手前味噌で恐縮ですが、この課題には、私が大学院のときにやっていた研究が転用できるのではないかと考えます。
私の研究はe-learningの講義動画の先生のキャラクターやBGM、背景などをカスタマイズできるようにして、ユーザー好みのUIをつくるというものでした。実験では、学習者自身が眠らないようにテンポの速いBGMをかけたり、リラックスするために先生を「ゆるキャラ」にしたり、波のBGMをかけたりすることで、戦略的に世界観を変化させる様子が観測できました。
つまり、学習環境のカスタマイズによって、癒しを意図的に作り出すことが可能だということです。
ビデオ学習のゲーミフィケーションでは、動画の最後〇分は「元の先生」が「ゆるキャラ」になるなど、緊張と癒しを短時間で交互に同居させるデザインにすることで、狙ってハマらせることができるかもしれません(書いていて実験をしたくなりました)。
ビデオ学習に限らず、勉強のゲーミフィケーションデザインでは、UIの部分をカスタマイズできるようにすることで、ユーザーにとって心地良い癒しを提供するのがひとつの答えなのではないかと考えます。
まとめ
今回はパチンコを例にハマりのメカニズムの解説と共に、勉強へのゲーミフィケーションデザインの応用と可能性について考えてみました。まとめると以下のようになります。
「わくわく、ドキドキ」などの興奮的な快感に加えて、「ほっとする」快感を同居させる。
難易度を適切に設定し、ドキドキできる状況をつくる。
学習環境のUIを意図的にカスタマイズさせることで、癒しの要素になり得る。
ハマりは、ややもすれば依存症につながる可能性をもつ怖いものですが、とても強いパワーを持っているのです。
つい、何かに没頭してしまう人は、その力をうまく応用することで、世のため人のためになる可能性を持っています。
例えば、マンホールの写真を集めるのが大好きな人は、クラウドセンシングの「マンホール聖戦」で自治体の保守点検作業を大いに支える可能性があるでしょう。また、タンパク質構造予測を行うゲーム「Foldit」に熱中できる人は、難病に対する創薬の役に立つ可能性を持っていると思うのです。
そして、世の中に適切なハマる仕掛けが溢れることで、豊かな人生を送る人が増えるのではないでしょうか?私も、更にハマりのメカニズムを使いこなせるよう、日々精進していきたいと思います。
参考文献:篠原菊紀(2009).勉強にハマる脳の作り方 フォレスト出版
執筆:升井 友貴|株式会社セガ エックスディー
大手パチンコメーカーでの商品企画などの社会人経験のあと、東京大学大学院に入学し、ゲーミフィケーションで著名な藤本研究室にて修士号を取得(2023年)。2023年春にセガ エックスディーに入社。
メーカー時代には550件以上の特許を出願するなど、遊技機の革新的なアイデアの創出で成果を残す。大学院時代にはゲーミフィケーションのアイデアでのビジコン優勝経験もあり、研究とビジネスの両輪でゲーミフィケーションの可能性を探る。
< 過去執筆記事 >
出前講義「健康領域のゲーミフィケーション講座」in埼玉県立大学
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